東京港野鳥公園の(公財)日本野鳥の会レンジャーが、公園で観察した野鳥や自然についてお伝えします!!
◆ 開園日毎日17時30分以降に更新中 ◆

カテゴリ: 昔の野鳥公園

30年ほど前のポジフィルムから見る「昔の野鳥公園」その3です。
前回に続き、潮入りの池の様子をご紹介します。

今回は、ネイチャーセンター建設、潮入りの池造成当初の様子の写真です。ポジ_1989年4月19日_潮入の池4_retouch
1989年4月撮影。ネイチャーセンター建設中の光景です。ポジ_1989年頃_潮入の池_retouch
遠景。ポジ_1989年4月19日_潮入の池2_retouch
ポジ_1989年4月19日_潮入の池3_retouch
杭打設の光景。同じく1989年4月の撮影です。
ネイチャセンターの近くから重機が出入りしていたのでしょうか。
以前は杭がたくさんあったのですが、今ではほぼ残っていません。ポジ_1990年2月頃_潮入の池_retouch
翌年1990年2月の撮影です。
実は、斜面(法面)はこのような形状になっています。
現在では、斜面に草木が生え、干出部分はヨシ原になっています。

今後、斜面を再び刈払い、干出部分もまずは手前側半分だけ刈り払ってみようかと考えています。
斜面は、北風が強い時にサギなどの避難場所になり、干出部分や護岸の岩場には満潮時にシギ・チドリ類などの休息場になるかと想定しています。
斜面については、放置すると草木が茂り、樹林へと遷移してしまます。
また、ヨシ原も拡大抑制や、更新のためにも、時々、刈り払う必要があります。

さて、建設、造成当初の写真はいかがでしたか?
次は、東観察広場編です。

30年ほど前のポジフィルムから見る「昔の野鳥公園」その2です。
今回は、潮入りの池の様子をご紹介します。ポジ_1990年代前半_干潟耕耘_retouch
潮入りの池と前浜干潟の間の樹林はスカスカで、観察小屋の周りもスッキリしています。
現在とは全く違う光景です。シギ・チドリ類などの水鳥も潮入りの池と前浜干潟を行き来がしやすかったかも知れません。
チーフ曰く、「干潟にある黒い帯状のものは、トラクターで耕耘をした痕跡」とのことです。
当時は、干潟にもトラクターを入れ、造成直後で固い干潟を耕耘してほぐしていたそうです。
今では、トラクターが出入りする所がなく、干潟も所により柔らかいので、ぬかるみにスタックしそうで怖くて、トラクターでの耕耘ができなさそうです…
なお、写真の手前側はネイチャーセンターのそばです。
この斜面は、今では、木々が茂っていますが、当時は、斜面にススキやオギの草地あったことが分かります。ポジ_1993年7月28日_アジサシ島_草刈り
1993年撮影、潮入りの池の島(通称:アジサシ島)は、アジサシの繁殖誘致のために裸地とすべく管理していました。ポジ_1991年_アジサシ島
島の草を刈り、耕耘をした他、時には防草シートを敷いたり、海水をまいたりして、試行錯誤をしながら裸地の維持に努めていました。ポジ_1992年4月_城南大橋から見たNC_retouch
1992年撮影、城南大橋から見たネイチャーセンターの光景。
前浜干潟と潮入りの池の間の木々が小さく、写真の間に水門(水色)も見えます。
ネイチャーセンターの横(2号観察小屋側)や、東淡水池側の法面(斜面)はまだ土がむき出しです。ポジ_1999年頃_潮入の池_水門清掃
水門では、フジツボ、カキなどの付着生物やゴミが水流の障害となるため、当時も、現在もレンジャーが清掃をしています。
暗くて、高さ的に狭い構内は、付着生物やゴミがなかなか取れないし、底に沈んだ付着生物を押し流すのも大変な作業です。
大潮の引き潮の時間帯に作業をするので、潮入りの池から前浜干潟に水が流れているのですが、夏場は風が流れないと暑くて、水がぬるくて、汗だくになります。冬場はやはり水も風も冷たく、大変です。ポジ_年代不明_潮入の池_砂礫地作業
潮入りの池と前浜干潟の間にある砂礫地は、コアジサシの繁殖誘致の場所です。
砂礫地は放置すると草木が生えてしまうため、当時も、今も、トラクターでの耕耘や刈払機での草刈などの保全整備をしている所です。
次回以降の投稿でも紹介しますが、当時の写真を通しても、野鳥公園では、特にコアジサシの繁殖誘致に注力していたことが分かります。
次回も、潮入りの池エリアの写真をご紹介します。

昨年から当公園の30年ほど前のポジフィルムをデジタルデータ化して、整理をしています。

今のチーフレンジャーは30年ほど前も当公園のレンジャーだったため、その画像を見て、どこで何をしているのか、おおよそ分かるそうです。

せっかくなので当時の写真を少しずつご紹介していきます。
30年を経て、自然環境や、保全管理作業についても考えさせられるものがあります。

今回は、写真5点をご紹介します。
まずはこちら。ポジ_1989年9月_航空写真_retouch
これは、野鳥公園全体と大田市場が映っている1989年9月の航空写真です。
大田市場は建設中で、野鳥公園もほとんどが草地と水辺です。
写真の右側には、今の前浜干潟となる場所が映っていますが、現在と比べて、いかがでしょうか?
色々と環境が違うことが分かります。

では、約30年前の園内の光景をご紹介いたします。ポジ-1990年度1月-東観察広場-福田撮影_retouch
どこか分かりますか?
ここは、造られて間もない頃の東観察広場です。

チーフ曰く「広場の後ろの丘から撮影しています。後ろ側の壁にも観察窓がありました。真ん中の植え込みが、まだ背が低いです」とのことです。

東観察広場の後ろは、今ではすっかり樹林になり、当時とは違う環境になっています。
(実は、この観察壁の支柱の根元は、今も少し残っています)

少し違うアングルの写真を見ると…ポジ_1990年1月_東観察広場_福田撮影_retouch
東保護区も広々としたヨシ原が映っています。
先の写真とは撮影年が違うのか、東淡水池の奥にまだ樹林がなく、周辺も開けています。

次は、こちら。ポジ-1990年度4月22日-コアジサシのデコイ設置_ぼかし
※一部、ぼかしを入れています。
ここは、ネイチャーセンターの屋上です。
現在のネイチャーセンターは、リニューアルされて屋上に砂礫地がありませんが、当時はコアジサシの繁殖誘致のために砂礫地がネイチャーセンターの屋上にもありました。

チーフ曰く「ネイチャーセンターの屋上にコアジサシのデコイ(模型)を設置している様子です。石が大きくて黒っぽすぎるので、動かせるものは動かして、端に寄せていました」とのことです。

写真の背景では、2号観察小屋、1号観察小屋、そして、今はカワウのねぐらの樹林となっている場所も見えます。
観察小屋周りは、これだけすっきりしていたのですね。

コアジサシの繁殖誘致の取り組みは当時から行われ、砂礫地の整備やデコイの設置は今も行われています。

なお、コアジサシの繁殖誘致の砂礫地は、当時、園内各所にありましたが、今は、潮入りの池と前浜干潟の間にある砂礫地のみとなっています。

最後は、こちら。自然生態園
これはどこか分かりやすいでしょうか?
自然生態園です。

チーフ曰く「学習センターの屋上から撮影しています。平成4~5年の頃です」とのことです。

今と違い、木が少なく、広々と明るい水辺が見えます。
今では、写真中央の雑木林が萌芽更新を目指す時期に入っています。
木々の生長について考えさせられる写真です。
(植物が大きく育つことは、「生長」と表記します)

さて、いかがでしょうか?
当時から野鳥公園のことをご存じの方には懐かしい光景でしょうか?
初めて当時の光景を知った方もいらっしゃるでしょうか?
今後も、少しずつ公開していきますので、お楽しみに。

↑このページのトップヘ